比之葉ラプソディ 第3話「レモン爆発事件」|履歴小説

比之葉ラプソディ 履歴小説
カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家・クリエイターが、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴る「履歴小説」。

最終回となる第3話のお題は、サッカーが趣味の高校生、岡田岳(17)の履歴書。

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書き手は、謎の新人作家、比之葉ラプソディでお送りします。

 

比之葉ラプソディ 第3話「レモン爆発事件」

 

得体の知れない不吉な塊が岳の心を始終おさえつけていた。

梶井基次郎がこの物語を書くなら、一行目はこうだろう。小説『檸檬』では、主人公が書店に立ち寄り、本の上に置いたレモンがもしも爆弾だったら面白いなあと妄想する。一方で、岳がとある本の上に置いたレモンは、今まさに爆発しようとしていた。

岳には学がなかった。これは駄洒落ではない。本当に学がなかったのだ。高校1年生で合格した漢検4級は同級生から「奇跡」とされ、英語の授業では「パードゥン?」の響きを大変気に入り連呼して先生からキレられ、理科は「水兵リーベ僕の船」しか知らず、数学と社会に関してはテストで1点すら取ることができなかった。

そんな彼が唯一得意としたのが体育だった。部活はサッカー部に所属し、キャプテンとして机の上ではまったく見せない活躍を見せた。部活のメンバーはもとより、クラス中の誰からも好かれ、学はなくても、まっすぐさと、人懐っこさと、思いやりを持っていた。

「おい岳!帰ろうぜ!」
「ちょっと待って今レモン食べてるから」
「出たレモン!クエン酸で部活の疲れ癒やしてんじゃねえよ!」

岳はレモンが大好きだった。サッカーで疲労した体を癒すのにぴったりだと、常にカバンの中にまるっと3個忍ばせていたのだ。クエン酸の効果以上に、その小さくて黄色い物体は、岳の心をなぜだか落ち着かせた。

ある日の部活帰り、岳がひとりで近所の楽器屋を通りかかると、店の中にトイプードルとオードリー・ヘップバーンとシャボン玉を足して3で割らないような女性店員がいるのが見えた。なんて可愛いらしいんだろう。一目惚れした岳は、迷うことなく店の中に足を踏み入れた。女性店員は男性客と話しているところだった。

「ちなみに店員さん、名前は何て言うんですか?」
「わたしですか?わたしは、真実の鈴と書いて、真鈴と言います」

真鈴。鈴の漢字が浮かばなかったが、岳はその名前を大事そうに脳内フォルダへと格納した。季節はもう冬になろうとしていたが、岳の心は晴れた春の日のようにポカポカとしていた。

それから20日が経ち、いつものように楽器屋の前を通り過ぎると、真鈴の姿が見当たらない。今日はいないんだ…。そう思いながら岳はとぼとぼと家路につこうとしていた。すると、遠く前方から真鈴らしき人物が歩いてくるのが見えた。あの日見かけた男性客と、仲良く手をつなぎながら。

岳の目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。告白していないのにフラれた、そんな気分だった。春は残酷なほど早く過ぎ去っていった。

「真鈴さんは俺が守らなきゃ」

岳は決意に燃えていた。何がそう決意させたのか。それは、12月5日の出来事だった。

いつもより部活が長引いて帰りが遅くなった夜、岳は楽器屋の前を通らないルートで家路についていた。そこで偶然、バイト終わりの真鈴を見かけてしまう。これはまずい。そう思って道を引き返すと、不審な人物を目撃した。あの日の男性客、つまり真鈴の彼氏だ。なぜか真鈴の後をつけるように歩き、声をかけるでもなく、不気味な笑みを浮かべている。これは何かがおかしい。きっと別れてストーカーになったんだ。岳は直感的にそう感じた。

それ以降、真鈴があの男に襲われないか心配になった岳は、わざと帰りを遅くして見張ることにした。守ってあげられるのは自分しかいない。そう信じていた。12月11日が来るまでは。

その日もいつものように真鈴のバイトが終わるのを待ち、あの男がつけていないか見張っていた。すると、遠くの真鈴が岳の方へと歩いて来るのが見えた。岳は慌てたが、ついに目の前までやって来た。

「ねえ、ずっと後つけてきてるでしょ!それも今日だけじゃない。もうやめてくれる?怖いし、迷惑だし、わたし彼氏いるから!」
「い、いえ、そういうつもりでは…」

真鈴の言葉に、岳はうろたえるしかなかった。ストーカーから守りたかった。守ってあげたかった。そんな真実は伝えられないまま、ただうつむいて涙を堪えるのに必死だった。

見張りを辞めた岳は、普段通り最寄り駅に降り立った。ただ、まっすぐには帰らなかった。駅前であのストーカーの姿を見つけたからだ。岳はひっそりとストーカーの後を追った。

ストーカーはある家のポストに紙を入れた。それが何なのかはわからなかったが、真鈴へのいやがらせ行為であることは明白だった。岳は立ち去るストーカーの後を再び追い、電車に乗り、同じ駅で降り、家を突き止めた。たいそう立派な家だった。その家を10分ほど眺めていると、今度は真鈴が走ってやって来た。そしてストーカーの家に駆け込んだ。

「真鈴さん!その家に入っちゃダメです!」

そんな言葉を言う間もなかった。岳は唖然としていた。一体何が起きているのか。さらにそれから3分後、真鈴が家から飛び出して行くのが見えた。少し遅れてストーカーも家を飛び出して行く。しかし運良くストーカーは真鈴とは逆方向に走って行った。岳はもうどうすべきかわからなくなっていた。

「あいつ鍵も閉めないで出て行った…」

そうつぶやきながら、気づくと岳はストーカーの家の扉を開け、中に入っていた。奥に進むとふたつの部屋があり、ひとつの部屋の中に『走れメロス』が置いてあるのが見えた。岳はなぜかその上にカバンの中のレモンを置いて立ち去った。

ストーカーが家に戻ると、すぐにレモンの存在に気づいた。さっきまでなかった物が存在しているのだ、気づかないはずがない。不思議に思い、レモンに手を伸ばしたその瞬間。レモンは爆発した。大きな大きな音を立てて爆発した。

比之葉ラプソディ 履歴小説 第3話

爆風により家は木っ端微塵に吹き飛び、まるで打ち上げ花火のように、燃え盛りながら夜空を赤く染めたのだった。

「…ああ、途中までは良かったのに!さすがにレモンで家が吹き飛ぶのはやりすぎかあ。だいたいわたしをストーキングするような男なんていっこないし、二重人格の設定とかも考えてはみたけど難しいや。もうこの遊びは辞めよう」

わたしは楽器屋の店長から、ポストに届いた書類を机の上にまとめておくようにと頼まれた。ポストを開けると2枚の履歴書が届いていた。浅野真悟と、岡田岳。物語を考えるのが好きなわたしは、この履歴書からストーリーを妄想する「履歴小説」という遊びを思いつき、実行することにしたのだ。

でも、思った以上に難しかった。限られた情報をヒントにストーリーを紡ぐのは骨が折れる。大学を辞めて暇を持て余しているからって、もっと別の遊びがあるはずだ。そしてわたしの履歴小説は幕を閉じた。

それから数日後、ある男が面接のために楽器屋を訪れた。

「あ、面接に来た浅野真悟です」
「はい、店長呼んで来るのでちょっと待っててくださいね」

ご本人登場。勝手に物語なんか考えちゃってごめんなさい。しかも二重人格のストーカーって設定にしちゃって。でも、すごく楽しかったです。ありがとう。

そんなことを思っていると、彼は、不気味な笑みを浮かべてこう言った。

「ちなみに店員さん、名前は何て言うんですか?」

 

著者・比之葉ラプソディ

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突如文壇に現れた新鋭小説家。年齢や出身地など、詳細なプロフィールは一切不明。小説よりも小説らしいドラマチックな生活を送っていると噂されている。

第1話「真悟は激怒した」
第2話「……ブウウ――ンンンン……」
第3話 「レモン爆発事件」著者からのコメント
ふたつの人格を持つ真悟。ストーカーに悩まされる真鈴。頭は良くないけどまっすぐで純粋な岳。3枚の履歴書から、この3人の人間関係を描こうと思い、物語をスタートさせました。限られた情報をヒントにストーリーを紡ぐのは骨が折れました。でも、すごく楽しかったです。ありがとう。

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