夏生さえり 第3話「僕には夢があります〜志望動機は恋にある〜」|履歴小説

夏生さえり 履歴小説
カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家・クリエイターが、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴る「履歴小説」。

最終回となる第3話のお題は、サッカーが趣味の高校生、岡田岳(17)の履歴書。

okadagaku_rireksho
※クリックで拡大

書き手は、妄想ツイートで人気を博す、夏生さえりでお送りします。
 

夏生さえり 第3話「僕には夢があります〜志望動機は恋にある〜」

 

岡田も、いままさに恋によって変わろうとしていた。

岡田が美優と付き合いはじめたのは3ヶ月前のことだ。入塾した直後、塾の廊下ですれ違い、見事に一目惚れをした。

入塾1週間後に「岡田くん、先生が呼んでるよ」と話しかけられた。白い腕の蚊に刺された跡にやたらと視線が奪われた。赤くぷっくりと腫れたそれは、熟れた桃か何かに見えた。「ねえ、聞こえてる? 先生が……」と響く甘ったるい声。目にかかる程度の長さで切られた前髪の奥で瞳がうるうると揺れる。

どこを見ても、どの角度で見ても、美優は女神かなにかに見えた。恋心はもう止められなかった。

わずか2週間後には、夕日が差し込む誰もいない教室で告白をした。緊張しすぎて何をどう言ったかは覚えていないが、「別にいいよ」と簡単な返事があった。震えながら、でもなんども頭に描いてきたように頰にキスしてみたが怒られなかったので、唇にもキスをした。いつもみていたぽってりとしていた唇は、思っていたより何倍も柔らかくて、岡田の恋は加速した。彼女しか、いない。

「おまえ、アドレスなに?」

唐突に友人に聞かれて岡田は答える。

「エム、エル、オー、ヴイ、イー」
「mlove……」

だいたい人はその意味に気づくと笑い出す。「彼女のこと好きすぎるだろ」と騒がれても、何にも恥ずかしくなかった。

美優からの愛にも自信があった。よく夜中に泣きながら電話をかけてくるのだ。どうしたの? と聞くと必ず「優しくしてくれるかなと思って」と答えがある。頼りにしてくれているのだろう、と解釈している。

そういえば、かなりぶかぶかのパーカーを、制服の上から着ている美優に遭遇したこともある。友達と大笑いしていた美優は、岡田を見ると「あ」と小さく声をもらした。

「なにそのおっきいパーカー」
「あ、これ……」
「かわいーじゃん」

思わず笑みが漏れて、にこにこしていると美優と一緒にいた友人が噴き出した。二人はなぜか笑いをこらえ、「じゃあね!」と足早に去っていく。友達の前でも、惜しみなくかわいいと言ってしまったことがそんなに可笑しかったのだろうか。けれど岡田は、それを恥ずかしいこととは思わない。だって美優は、最高なんだから。

家に帰ると、ソファでごろごろくつろぐ姉がいた。姉も同じ女のはずなのに、どうして美優とあんなに違うんだろうか。思わず首をかしげてしまう。

先ほど“まつざわ”と書かれた店員から受け取った履歴書を、意気揚々と広げて書き始める。

「おれ、バイト始めることにしたから」
「え、そうなの?」

チュッパチャップスの棒を噛みながら近寄ってきた姉が、履歴書を覗き込んで聞く。

「なに、この夢って」

岡田は慌てて履歴書を隠し「おいふざけんな、見るなよくそばばあ」と一息に言った。悪態をつきながらも、岡田の心は踊っていた。美優と一緒にいる未来のために。美優、ラブ。フォーエバー、ラブ。

“まつざわ”がコンビニの棚に商品を補充していると、反対側のレーンにいるらしい女の子たちの声がした。

「えー? なんでそうなっちゃったの?」
「だって岡田くんが、あたしと結婚するためにバイト始めるっていうんだもん」
「うそ」
「ほんと。いつかお嫁さんになりたいってふんわりした夢を話したら、俺頑張るとかいって、まずはお金貯めるから! とか言っちゃって(笑)。その日にもう履歴書買ったらしくって」
「えー、やだ。きもくない?」
「うーん。いや、ちょっと嬉しかったかも」
「え、うそ。珍しい」
「あたし、いい加減まーくんと別れるよ。また喧嘩しちゃったし」
「いいの? 岡田で」

……おいおい。「岡田“で”」とか言われちゃうその岡田ってどんだけ不憫なやつなんだよ。同じ男として哀れに思い首を小さく振り、仕入れた履歴書を補充する。

夏生さえり 履歴小説 第3話

3日前の、9/18は変わった日だった。

一週間に数枚しか売れない履歴書が、3枚も立て続けに売れたのだ。そんなに多く置いてある商品でもないので、すぐに売り切れた。なぜ急に売れたんだろうか。みんなそんなにバイトしたいんだろうか。稼いで何をするんだろうか。俺と同じように、自分を変えたがっていたり、するんだろうか。

「おい、シフト、交代だよ」

職場で唯一仲のいい同僚に声をかけられて、まつざわはハッとする。思わず「今ってバイトシーズン?」と聞いてみたが、「え、ちがくね?」と冷静なコメントがある。

「そうだよな。でも、履歴書がさ、3日前急に売れたんだよ。同じ日だぜ、しかもみんな夕方。もしかしてなんかここらで不思議なことでも起こってんのかな」

「偶然だろ、小説じゃあるまいし」

偶然。それもそうか。

職場をあとにして裾が擦り切れたゆるいジーンズを履いてずるずると帰路につきながら、まつざわはLINEにある女の名前を打ち込む。

全部が消えて、きれいな青になった画面。
一息ついて、文字を打ち込み始める。

“バイトをはじめて6ヶ月が経ちました。なんとかやっています。君の言う通りだったって今では思っています”

そこまで打ったところで、ひとつずつ文字を消した。これを繰り返すうちに、いつかは自分の気持ちも消えていればいいな、と思った。

ふと足を止め空を見上げると、目の前に驚くほど綺麗な月が浮かんでいた。暗い道が明るい気がしたのは、そのせいだったか。まつざわはまた、ゆっくり歩き出す。

彼らは気付いていない。恋がきっかけで、人が変わることを。変化はいつも気づくと訪れているものだから。

結婚をするためにバイトをはじめた男。
男の熱意で、もう一人の男と別れた女。
そして、女の一言で一歩踏み出した男。

“人間が変わる方法は3つしかない。ひとつめは時間配分を変えること。ふたつめは住む場所を変えること。みっつめは付き合う人を変えることだ。”

この言葉に、やっぱりこう付け加えたい。

「よっつめは、恋をすることだ」。

 


 
著者・夏生さえり(@N908Sa

saeri_profile
フリーライター。出版社、Web編集者勤務を経て、2016年4月に独立。Twitterの恋愛妄想ツイートが話題となり、フォロワー数は合計15万人を突破(月間閲覧数1500万回以上)。難しいことをやわらかくすること、人の心の動きを描きだすこと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。『口説き文句は決めている』(クラーケン)。

第1話「なんでもやる覚悟です 〜志望動機は恋にある〜」
第2話「生まれ変わりたい〜志望動機は恋にある〜」
第3話 「僕には夢があります〜志望動機は恋にある〜」

著者からのコメント
メールアドレスである「mlove@~」と「夢があります」の文字をみて、やっぱり彼も恋が志望動機だと思いました。いろんなところで、いろんな人が、いろんな恋によって変わっている。…そうだといいな、と願ってます。

▼履歴小説とは?▼

履歴小説_タイトルバナー
【履歴小説】5人の作家が3枚の履歴書から物語を妄想してみた
カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家が、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴ります。

 


▼5人の第3話を読みくらべる▼
カツセマサヒコ 履歴小説 第3話
カツセマサヒコ 第3話「リターン」
 
品田遊 履歴小説 第3話
品田遊 第3話「ピアノ線の平和的利用について」
 
ジョイマン高木 履歴小説 第3話
ジョイマン高木 第3話「意味」
 
比之葉ラプソディ 履歴小説 第3話
比之葉ラプソディ 第3話「レモン爆発事件」

関連する求人情報

関連ワード