品田遊 第2話「書くほどのこと」|履歴小説

品田遊 履歴小説 第二話
カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家・クリエイターが、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴る「履歴小説」。

第2話のお題は、高円寺在住、浦部真鈴(19)の履歴書。

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書き手は、「ダ・ヴィンチ・恐山」としても活動する小説家、品田遊でお送りします。

 

品田遊 第2話「書くほどのこと」

 
「その履歴書に書くか検討してやめたことを可能なら教えてください」

バイト面接時、志望者に必ず投げかけるこの質問は、私のお気に入りだった。
きっかけはテレビで目にした心理テストだ。「異性に求める条件を3つ答えて」という質問をすると、3つ目の答えこそが本当に異性に対して求める条件になるという。
これまでにオーナーとして百人以上のバイト採用面接を経験してきた私は、面接にもこれが応用できると直感した。そして例の質問を考えだしたのだ。

「書くのをやめたこと、ですか……」

机を挟んで向かいに座る若い女性は首を少しひねって考え込んだ。この質問をされた者は、みな同じように戸惑う。

「すみません。それをお聞きになるのはなぜでしょうか?」

しかし、目の前の女性、浦部真鈴は私の目を見て質問を返してきた。こういうとき、疑問を言葉にできる人間は少ない。私は彼女の態度に好感を覚えた。

「履歴書には、浦部さんという人の全てが書かれているわけではありませんよね。胸を張って言えることよりも、言うかどうか悩むようなことが本人の持ち味だったりするわけです。もちろん、差支えがあれば言わなくても結構ですよ。合否にも関係ありませんから」

話を聞きながら浦部真鈴は真顔でふんふんと頷き、何かを決意したような顔をして、口を開いた。

「たしか、履歴書には『0から何かを生み出すことが得意』と書きましたが……。あれは、あまり正確ではありません」

「どういうことでしょうか?」

「『0から何かを生み出す』というのは少し大げさでした。実際には、完全な0からは生み出せません。それに、生み出せるものの種類にも限りがあります」

思ったより抽象的な話が飛び出してきた。浦部真鈴という娘、なかなか掴みどころがない。

「面白いですね。具体的に言うとどういうことですか?」

「はい。私が生み出せるのは化合物の中でも単純なものばかりなんです。水とかアンモニアは簡単に作れますが、たとえばデンプンのようなものは難しいです」

「……デンプン?」

これは、掴みどころがない、と言えるのか。
「意味がわからない」と言うべきではないか。
この女は急に何を言いだしたのだろう。

私が理解に苦しんでいると、浦部真鈴は慌てて頭を下げて謝った。

「あ、すいません。わけわかんないですよね。あのう、つまり、こういうことです」

品田遊 履歴小説 第二話
 
彼女は右手を上向きに開いて、胸の前で水平にかざした。すると、彼女の手のひらからまるで間欠泉のように大量の水がボコボコと吹き出し、溢れ、リノリウムの床に水溜まりを作った。

「な……」

思わず息を呑んだ。なんだ今のは。手品か。しかし、あんな水どこから。

「手品じゃないですよ。空気中の水素と酸素を化合させて水を作ったんです。私、昔からこういうことができる体質で…。あ、すいません。床濡らしちゃって。片付けますね」

彼女が左手を床にかざすと、床に広がった水が一瞬で蒸発したかのように消え去った。
 
浦部真鈴によると、彼女は「元素」の位置を自在に移動させることができる体質なのだという。「見えない手を使って小さな積み木を組み立てるような感じです」と説明されたが、まったくピンとこない。それでも彼女の言い分が嘘ではなく、全てが真実だということはわかった。

「どうしてそんな……とんでもないことを履歴書に書かなかったんですか」

もはや面接のことなど頭にない。あるのはただ、純粋な好奇心だけだ。

「書くほどのことじゃないと思いまして」

彼女は目をそらし、そう言った。
物理を超えるような力が「書くほどのことじゃない」……本気でそう思っているのだろうか。

「履歴書にはつい見栄を張って『このアルバイトでも活かせる』なんて書いてしまいましたが、実際はたぶん、ほとんど役に立たないと思います。すみません。なるべく活かしたいですが……」

たしかに元素を操る力は役には立たないだろう。特に、駅前のたいやき店のような職場では。

「でも働きたいのは本当です。この力以外に何も取り柄がない自分を変えたいんです」

彼女の表情に悲痛な色が滲んでいた。

「いろいろと、苦労がおありなんですね」

「ええ、まあ。子どもの頃から何をするにも組織の目がついてるし、休みの日はたまに海外に連れて行かれて争いごとに利用されるし……そんな毎日が嫌だったんです」

自然に出てきた「組織」という言葉から、背後にある巨大な黒い何かの存在を感じたが、何も言えなかった。
うつむく彼女の表情は、これまでに何度か見たことがある。進路に悩む若者の、真剣な憂いだ。

「でも、私は生まれ変わりたいんです。自分ひとりの力で生活してみたい。だから組織を自力で壊滅させたタイミングで、通わされていた大学も辞めました。望んでいた自由は手に入りましたが、同時に何も持っていない自分に気づきました。どうやって生きていけばいいのかすごく悩んでいたとき、駅前のたいやき屋さんで食べたたいやきが美味しくて……自然と、ここで働きたい、って思ったんです」

壊滅……。
いや、そこは深く掘り下げる部分ではない。大切なのは、ここのたい焼きを食べた彼女が「働きたい」と思ってくれたことだ。オーナーとしてはそれで十分ではないか。

「これが、履歴書に書こうと思ったけどやめたことです。変に思われてしまったらどうしようと思って、書けませんでした。申し訳ありません」

彼女は目から涙を流したが、即座に水分を消滅させて痕跡を消し、頭を下げた。
私は言った。

「浦部真鈴さんが信頼に値する人物だということは、これまでの面接でよくわかっています。余計なことを聞いてしまって、こちらこそ申し訳ありませんでした」

私はその日の面接を最後に「その履歴書に書くか検討してやめたこと」について質問するのをやめた。
半年が経った現在も、浦部真鈴は週に4日のシフトをこなして頑張っている。彼女が掃除を担当した日は、たいやき機の焦げや錆びがキレイになくなっていると評判だ。

 


 

著者・品田遊(@d_v_osorezan

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小説家/漫画家。東京都在住。別名:ダ・ヴィンチ・恐山。著書に漫画『くーろんず』、小説『止まりだしたら走らない』『名称未設定ファイル』がある。

第1話「検索履歴書」
第2話「書くほどのこと」
第3話「ピアノ線の平和的利用について」

著者からのコメント
履歴書に書くことと書かないことの基準について考えていたら想像よりも3倍荒唐無稽になりました。履歴書には書きたいことだけかけばいいと思います。

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カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家が、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴ります。

 

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