ジョイマン高木 第2話「雨」|履歴小説

ジョイマン高木 履歴小説 第二話
カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家・クリエイターが、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴る「履歴小説」。

第2話のお題は、浦部真鈴(19)の履歴書。

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書き手は、ツイートがエモすぎると話題のラップ芸人、ジョイマンの高木晋哉でお送りします。

 

ジョイマン高木 第2話「雨」

 

高円寺の天気は変わりやすい。アーケードの下を歩いているのは傘を持っていないから。お気に入りの靴の底にはいつだって穴が空いてる。精一杯に街を睨みつけてみても、雨は止んでくれない。何だかこのまま街に溺れていくみたいだ。全てをこの雨のせいに出来たらどんなに幸せだろう。

「俺、才能無いから音楽辞めるわ」

電話越しのあいつの声がまだ耳に残っている。ビートルズのポール・マッカートニーに声が少し似ている。私はロックバンドを組んでいる。正確に言うと、組んでいた。そして大学の理工学部に通っている。いや、通っていた。私はまるで荒波に立ち向かう笹舟のように心細い自分の人生から目を背けるかのように喫茶店に逃げ込み、コーヒーを頼んだ。

幼い頃から「あなたはやれば出来る子だから」と言われて育ってきた。確かに少し努力すれば学校の勉強は上位の方だったし、スポーツもそつなくこなした。大学では建築学を専攻し、将来は不動産関係の仕事をするのだろうと思っていた。実際にその為の資格も取っていた。そのままいけばある程度の生活は送れただろう。しかし私は誰かが作ったものを扱うのではなく、自分が何かを0から作りだす事の出来る、特別な才能を持つ人間だと思いたかった。想像の向こう側にある、途方もない夢を見たかった。

私は親に何も言わずに大学を辞め、実家の近くではあったものの一人暮らしを始め、趣味でやっていたギターを本格的に勉強し始めた。アルバイト先をギターショップにしたのも、客がいない時は自由にギターの練習が出来るからだった。私はそこで作った人脈でバンドを組み、そして今日、ボーカルの男はバンドを辞めた。才能が無いからと言って音楽を辞めた男。音楽の才能が無かったのだろうか。それとも、夢を見る才能が無かったのだろうか。おそらく両方だろう。

大学を辞めた頃、私はこの喫茶店で、あるお笑い芸人を見かけた。ノートを開いてネタか何かを必死に書いていた。テレビをあまり見ないのもあり、お笑いに疎かった私は、顔だけは何となく分かったもののコンビ名が分からなかった。居合わせたお笑いに詳しい友達が言うには、ジョイマンというコンビの高木という男だった。YouTubeでネタも見せてくれた。ラップの様な韻を踏んだスタイルのリズムネタで、十年ほど前にはよくテレビに出ていたが今はほとんど見る事はなく、その昔に早稲田大学を中退してお笑い芸人になったらしい。

なぜだろう。その時なぜかこの男に興味が湧いた。私と似ていると思ったからかもしれない。違う。多分、この男と私は絶対に違うと思いたかったからだ。この男は才能が無いのだろう。それなのに芸能界にしがみついて、なぜまだ辞めずにいるのだろう。私は違う。私には特別な才能があるはずだ。

そう思おうとすればするほど、雨音が大きくなっているように感じた。私は夢を叶えるために大学を辞めて好きな音楽を始めた。それなのに今なぜこんなに不安なのだろう。苛立っているのだろう。どこかで自分にも才能が無いと思っているのだろうか。分からない。今まで何をやっても上手くいかなかったわけでは無いが、何かで一位になった事があるわけではない。もしかしたら私は才能のかけらもないただの“普通”の人間なのかもしれない。才能のある人間はこんな事で悩まないのだろうか。こんな事でつまずいたり、立ち止まったりしないのだろうか。バンドを辞めた男の言葉が脳裏をよぎる。才能が無かったら何もやってはいけないのだろうか。

ジョイマン高木 履歴小説 第二話
 
気付くと、側に男が立ち、私にハンカチを差し出していた。あの時に喫茶店で見かけたジョイマンの高木だった。私は自分が涙を流している事にそこで初めて気付いた。全てを見通すような柔らかな笑みを浮かべながら、高木は言った。

『泣き続けるのは自由。でも続けるなら楽しい事の方がいい。ポールマッカートニーは今でも“LOVE”を歌ってくれて、誰かがそれに救われてる。だから僕もラップをこれからもずっと歌い続けていきたいんですよね。』

そして優しくハンカチを私に持たせると、去り際に少しだけネタのようなものを口ずさんだ。

『明けない夜は無い♪ 止まない雨、梅雨じゃない?♪』

私は今までヒップホップをあまり聴いてこなかったから、正直これがラップなのかどうか分からない。しかしヒップホップの本質は自分を誇りに思う事。自分が自分である事に胸を張る事なのだという。だとすればこのネタは、この男はヒップホップだ。笑いというフィルターを通してだが前に進もうとしている。自分を、人生を肯定している。高木は店を出ると傘をささずに高円寺の街に消えていった。

私も楽しい事を続けよう。高木のように続けよう。多分、私は天才じゃない。普通の人間だ。でもそれが何だっていうのだろう。例え愚かだと思われても。恥をかいたとしても。私は音楽が好きだ。才能があろうが無かろうが、それでも好きだ。流れる涙はハンカチで拭けばいい。私は今まで無いものにばかり恋い焦がれ、なぜ自分の中にあるものを大切にしてこなかったのだろう。何があろうと私は私でしかない。私が主役のこの人生はまだ始まったばかりだ。

店内にはビートルズの『Hey Jude』が流れていた。ラストの「na na na nananana〜♪」の大合唱が、ジョイマンのネタの「なななな〜♪」に重なって聴こえた。今も雨はまるで梅雨のように降り続いている。しかし高木の言うように、明けない夜はないし、梅雨もいつかきっと明けるだろう。

 


 
著者・ジョイマン 高木晋哉(@joymanjoyman

takagi_profile
お笑い芸人。神奈川県横浜市出身。桐蔭学園高等学校出身。早稲田大学中退。 NSC東京8期生。2003年中学からの同級生池谷とジョイマンを結成。出演番組は、「爆笑レッドカーペット」(フジテレビ)、「エンタの神様」(日本テレビ)、舞台「ハイスクール奇面組」(大間仁 役)など。

第1話「道標」
第2話「雨」
第3話「意味」
著者からのコメント
高円寺、喫茶店、ビートルズが好きな女の子。僕も高円寺に住んでいた事があるので、イメージしやすかったです。今年の夏の長雨を思い出しながら書き始めました。近いうちに久しぶりに高円寺に飲みにでも行こうと思います。

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カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家が、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴ります。

 

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