カツセマサヒコ 第3話「リターン」|履歴小説

比之葉ラプソディ 履歴小説
カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家・クリエイターが、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴る「履歴小説」。

最終回となる第3話のお題は、サッカーが趣味の高校生、岡田岳(17)の履歴書。

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書き手は、Twitterでも大人気のフリーライター、カツセマサヒコでお送りします。
 

カツセマサヒコ 第3話「リターン」

 
今日の面接は三人だから、この子が終われば、おしまいだ。

そうわかっていても、目の前にいる岡田岳という高校生との会話に、熱が入らなかった。それはそうだ。僕はずっと待っていた。いつか自分を見つけてもらうことを。それだけを願って48年間、この店を続けてきたのだ。そしてつい先ほど、その夢は叶った。その直後の面接など、正直頭が回らないほど、気持ちはひたすらに浮かれていた。

「車が欲しいんです」

履歴書に書いてあった「夢」を尋ねると、17歳の少年は意気揚々と答えた。
なるほど、文房具屋で働いて、車が買えるほど貯金が貯まると思うのだろうか。いや、高校生だったら思うかもしれないな、と17歳当時の自分をぼんやり思い返していた。

「どうして、車を?」

車離れを謳われて久しい昨今だ。まだ免許も持っていない彼に車を持ちたいと思わせるほどの動機とは、何なのだろうか。尋ねてみると、高校生は待ってましたと言わんばかりに話し出す。

「高円寺の喫茶店で働いていた店員さんのことを、好きになったんです。その人、つい最近まで彼氏がいたんですけど、別れたみたいで。彼氏は車を持っていて、いつもドライブに連れていってもらっていたらしいので、僕も車を買ったら、告白しようと思って」

熱心に語る男子高校生の話は、話半分で聞こうと思っても、どこか面白い。

「なるほど。それで、僕の店に?」
「はい! よくわからないんですけど、その女性店員さん、全国の文房具屋を回っているらしくって。だから、僕も文房具に詳しくなりながらお金を貯めて、その人を彼女にしたいんです」

文房具屋を、回っている? どこかで聞いたばかりの話が出てきて、急に戸惑う。

「興味本位で聴きたいのだけれど」

なんとなく前置きをしてから、それとなく尋ねる。

「君の好きな喫茶店のお姉さんは、その彼氏さんについて、何て言っていた?」

「え? うーん」少しわざとらしく腕を組みながら、高校生は言った。

「よくわかんないんですけど、“未来から来た人だから”って」

なるほど、今日は本当に、面白い日だ。

「ようやく、見つけることができました」

そう言われたのは、高校生と面接に入る1時間前のことだった。

「貴方が、浅野義樹さんですよね」

浅野真悟という名の聡明そうな少年は、慎重に、でもハッキリと僕の名前を呼んだ。
昔の自分はそれほど優秀ではなかったが、未来から現れた使者は、僕に少しだけ似ているような気もした。

「見つけに来てくれた、ということで、いいかな」

焦らす必要もあるまい。僕は率直に尋ねる。

「はい、ようやく。お待たせしました」

今にも飛びついて、抱きつきたくなる。でも、もう68歳だ。こんな爺さんにハグされても、うれしいことは何もないだろう。

「何年から来ましたか」
「2119年です」
「じゃあ、僕がいた未来から、さらに50年後」
「ええ。かなり時間がかかりました。すみません」

不思議な気分だった。当たり前のように話が合う。時を遡って、遥か未来から本当に助けが来たのだ。

「いやあ、“リターン”は、僕の時代からすれば、途方に暮れるほど難度の高い技術だ。50年で完成させただけで、すごいと思うよ。それに、48年も過去にいると、自分はすっかりこっちの世界の人間になった気がしてね」

「本当にすみません。でも、過去の世界は素晴らしいです。雨に濡れること、草木に触れることがこんなにも魅力的だとは思いませんでした。義樹さんを見つけるのに4年かかりましたが、帰りたくなくなるほど、僕らの過去は、素晴らしかった」

「そうだね、本当に同じ気持ちでいる」

2069年、当時20歳の僕は、1969年に“ジャンプ”した。

目的は、2040年ごろより発生した、黒鉛を始めとする敵対自然物質誕生の原因を追求するため。アジアを中心に広まった軍事実験による影響で環境破壊は進み、ある日突然、すべての自然が地球の浄化に向けて猛スピードで動き出した。雨は肌を溶かし、草木は毒を吐いた。変異する速度は異常に早く、人口は激減した結果、各研究機関は変異前のサンプルを限られたものしか集められなかった。そこで、過去に戻って変異前の自然物のサンプルを集めながら、独自で研究を進めることが、僕に課せられたミッションとなった。

問題となったのは、“タイム・ジャンプ”と呼ばれる時空を超える技術に、元の時代に戻る“リターン”機能が付いていないことだった。僕がいた2069年の技術では、過去に行くことはできても、現在まで戻ってくることは不可能だったのだ。

カツセマサヒコ 履歴小説 第3話

それでも当局が決めた判断は、「一刻も早い解決が求められるため、いずれ完成するであろう“リターン”機能を搭載したタイム・ジャンプの到着を待ちながら、過去で研究を進める」ことだった。

つまり、僕は、帰る術がないまま過去に飛ばされ、今日まで研究を続けてきた。

*

「彼氏さんと別れた理由も、変わっているんですよ」

17歳の高校生は、かれこれ10分近く、好きな人の別れた彼氏について語っていた。

「『探してた人が見つかったかもしれない。これからは、研究に没頭しなければいけないんだ』って、言ったらしいですよ。散々振り回しておいて、なんだよって思いません?」

ああ、それは、僕のせいだ。僕のせいで、彼は真鈴さんに別れを告げたのか。
聞くんじゃなかったと思いながら、ただただ2119年から来た使者に感謝しようと思った。

「ふむ。話を、君のことに戻そうか」
「あ、はい、脱線してすみません」
「いやいや、僕から聞いたことだ」

面接もあと少しで終わる。そしたら、研究も大詰めだ。
わざわざ遠い未来から駆けつけてくれた彼のためにも、必ず成功させなければならない。

「とにかく、その人を彼女にするために、車を買いたいんだね?」
「はい、そうです」
「車と言ってもピンキリだ。車種などは、決めているのかい?」
「ミニクーパーです。彼氏さんがそれに乗っていたらしいので、最新モデルを買いたくて」

僕は思わず吹き出しそうになり、口元に手を当てて悟られぬように下を向く。

「なるほど、クーパーか。いい車だね」

*

浅野君との面接の帰り際、少しだけ見せてもらった彼のマシンは、ミニクーパーだった。それもクロスオーバーモデルの、洒落たビジュアルのものだ。

「義樹さんの“ジャンプ・マシン”は、どんなモデルでした? アウディのA4あたり?」
「僕は1969年にジャンプしたんだぞ? A4なんて乗ったら、怪しまれるに決まっている。ボルボ164だったよ」
「シブッ。さすがだなあ。そんな時代かあ」
「せめてイギリス製がよかったよ。ビートルズを感じられた」
「お! ビートルズ! さすが、血ですね。僕の父も好きで、その影響で、僕もビートルズが好きです。義樹さんの影響だったんですね」

確信が持てないので聞けずにいたが、この台詞ではっきりした。なるほど、彼は、僕の孫にあたるらしかった。

「もちろん一番好きなアルバムは、『リボルバー』だ。2119年にも、彼等の音楽は流れているかい?」
「ええ、もちろんです。いいものは風化せずに残り続ける。それだけが人類の誇りだと思っています」

得意気な顔をしていた。それがまた誇らしかった。
クーパーに似せた“ジャンプ・マシン”を見つめていると、彼が僕の背中に手を置いた。

「48年も待ったんだ、あと少しです」
「そうだね。未来堂文具店は、ここからだ」
「何年くらいかかると思います?」
「4~5年かな。2119年の技術との掛け合わせに、どのくらい時間がかかるかによるね」
「じゃあ、2~3年で終わらせましょう」
「おお、強気じゃないか」

未来からの使者は、揺るぎない自信を瞳に灯らせる。

「はい。そのために、いろいろと勉強してきましたから」

「最後に、君にひとつ聞いていいかな」

僕はそう言って高校生の彼に尋ねる。

「はい、なんでしょう?」
「今は2017年だ。仮に2~3年後、僕がこの店を引退するとしたとき、現在高校生の君は、20歳を迎えているね」
「はい、そうですね」
「そのとき、この店の全てを君に託すと言ったら、君は、どうする?」
「え?」

アルバイトの面接に来たはずが、経営譲渡の話をされる。彼にしてみたらこれほど突飛な話もないかもしれない。
でも、僕には今日という日が、全てのピースが揃う日に思えて仕方なかった。

「もしよければだけど、2019年から、この店の経営は、君に託すことにするよ」

さあ、“リターン”まで、あと少しだ。

 


 
著者・カツセマサヒコ(@katsuse_m

katuse_profile
フリーライター。1986年東京うまれ。編集プロダクション・プレスラボでのライター経験を経て、2017年4月に独立。広告記事、取材記事、エッセイ、物語等の企画・取材・執筆を行う。Twitterでの恋愛・妄想ツイートが10~20代前半の女性の間で話題を呼び、フォロワーは現在10万人を超える。趣味はスマホの充電。

第1話「from2119」
第2話「ビートルズの女」
第3話 「リターン」

著者からのコメント
3枚目の履歴書を見たとき、本人に「夢」があり、また、真鈴とおなじ高円寺に住んでいることが目に留まりました。そこで真悟、真鈴、岡田の三角関係が浮かび、キーを「車」にしようと決めました。アフターストーリーには、全てを知った岡田が経営を進め、ほぼ未亡人のようになった真鈴がそれを支えつつ、無事にクーパーを買ってふたりでドライブに行くような、少し切なくもやわらかいシーンまで見えました。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家が、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴ります。

 


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