品田遊 第3話「ピアノ線の平和的利用について」|履歴小説

比之葉ラプソディ 履歴小説
カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家・クリエイターが、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴る「履歴小説」。

最終回となる第3話のお題は、サッカーが趣味の高校生、岡田岳(17)の履歴書。

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書き手は、「ダ・ヴィンチ・恐山」としても活動する小説家、品田遊でお送りします。
 

品田遊 第3話「ピアノ線の平和的利用について」

 
つまらないのを我慢して読み終えた小説が夢オチで、気分が悪い。
 
嫌いなものが多い。夢オチ、サプライズパーティ、引き笑い、「一生懸命営業中」という立て札、彼女募集中で~すという自己紹介……数えるとキリがない。共通するのはデリカシーの欠如。嫌いなものはそのひとつかもしれない。

「苅原、何読んでんの」

同じクラスの岡田なんとかというサッカー部の男子が、視界に頭をねじ込んできた。うわ、出た、とわたしは思う。リア充が根暗にちょっかいをかけて面白がるやつ。最もデリカシーのない娯楽的侵犯行為。

「小説」

紙面から目を離さず、薄い対応で拒絶を表明する。

「面白い?」

うわ、出た。「面白い?」。読まないやつだけが言うやつ。

「すごい面白い」

嘘を答えた。こいつに正直な感想を言うのはなんとなく癪だ。

「へぇー」

出た、読まないやつのリアクション。
岡田は「読めたら読むわ」と言い残して廊下に駆け出した。

「苅原さんいつも隅っこで本読んでるよね」という囁き声を耳にしてから、放課後の読書は人気のない図書準備室でしている。

気づいたら小窓から少しだけ見える外が暗くなっていた。続きは家で読もうと本をカバンにしまい、図書室から出る。
足元にA4サイズの紙が落ちていた。

拾い上げてみる。
 
履歴書だった。貼られている顔写真に見覚えがある。昼間話しかけてきたあのデリカシーなき男子だ。とってつけた真顔がなんだか滑稽に見える。

フルネームは岡田 岳。バイトか何かで出すのだろう。よくないことだとわかってはいるけど、つい目が文字を追ってしまう。

資格、漢検四級。趣味、サッカー。長所、ポジティブ。短所、おおざっぱ。特技、すぐ人と仲良くなること。わたしは自称すぐ人と仲良くなれるマンとは意地でも仲良くなりたくない。まあ、仲良い人なんていないんだけど。

自己PR欄には「僕は夢を叶えるためにバイトに応募しました」みたいなことが書いてある。なんのバイトか知らないけど、こんなところに履歴書を落としたら叶う夢も叶わない。

ただ、落とし物をほっぽり出して帰るほど、わたしはデリカシーのない女じゃない。机の中に戻しておいてやろうかと思ったが、そういえば岡田の机の場所を知らなかった。なんだか面倒くさいことになってきた。
 
なんで自分が、と呟きながら、わたしは履歴書に記載されているアドレスを携帯に入力し、メールを打った。

「同じクラスの苅原麻里です。岡田岳くんで合ってますか。履歴書が図書室の前に落ちてました。そこに書いてあるアドレスを見てメール送りました。すみません。今日は遅いので履歴書は月曜日に学校で渡します」

岡田から返事が来たのは午後9時をまわってからだった。

「『およげ!たいやきくん』って歌で、毎日焼かれて嫌になる、ってたい焼きが嘆いてるけど、あれ全部のたい焼きに一個の魂が入ってるってこと?苅原さんはどう思う?」

なんだこの返事は。
履歴書の話はどこに行ったんだ。返事を打つ。

「履歴書は?」

「たぶん落としたやつ。それサイズミスプリしたコピー。捨ててオッケー。バイトももう受かって今シフト終わった。オッケー」

徒労だった。
それにしてもありがとうの一言も言えないのか。2回オッケーって言うな。
そしてなんだ、さっきの返事は。返事に返事を打つ。

「了解。捨てます。たい焼きの話は何」

「さっき買ったクリーム味のたい焼き食ってて気になったので。どう思う」

「たい焼きは『ぼくら』と言っているから、魂は別々だけどテレパシーで思考を共有してると予想」

「なるほど。陸上部入ってハンマー投げ始めようかな」

まったく話がつながらない。
岡田岳は本当に人間なのか?

「ハンマー投げとは」

「ピアノ線の平和利用を考えてたら、ハンマー投げに行き着いた」

からかってんのか。

「からかっていますか?」

「ピアノ線。いつも殺人トリックにばっか使われててかわいそうだと思ってこのまえ買って、平和な使いみちを調べてたんだけど、ハンマー投げのヒモがピアノ線でできてるらしい。逆に、ピアノにはピアノ線は使われてないらしい。たい焼きに鯛が入ってないのと同じ」

「ピアノ線は殺人トリックにばかり使われてるわけじゃないし、ピアノ線を持参して陸上部に入部する人はいないと思う」

品田遊 履歴小説 第3話

用は済んだのについ返事を打ってしまう。岡田の思考の脇が甘すぎるのが悪い。いろんな意味でこんなやつだとは思ってなかった。

岡田はヒマらしく、次から次へとメールを送ってきた。内容は「蛙を食べたことはあるか」とか「勝手によじのぼってもいいフェンスを知らないか」とかわけわからんことばかりで、運悪くヒマな私はいちいち返信して不毛な会話を長引かせてしまった。
 
岡田は高円寺のカフェ「撫子」でバイト中だという。コーヒーが飲めて本も読めるみたいな、おしゃれ目な店だそうで、サッカー部の岡田がそんな店で働いていると思うと意外である。わたしは本もコーヒーも好きだから、その喫茶には純粋に興味を引かれる。

「苅原さんも撫子来て。人少ないから潰れてクビになったら困る。本がたくさんある。良い」

「シフトはいつ入ってるの。なぜ片言」

「月金土」

「了解。その曜日以外に行きます」

翌週の日曜日、私は「撫子」を訪れた。高円寺駅から数分のところにある、雰囲気のいい小さな店だった。
木製のドアを押し開けると、エプロンをつけた岡田がいた。
は?

「あ、苅原さん。いらっしゃいませ~」

「シフト……」

座席に案内されながらわたしが恨めしげに漏らすと、「ああ、あれ先月までのシフトだった」と岡田はしれっと言う。

店そのものは素敵だ。狭い店内の壁を本棚が埋め尽くしていて、並ぶ本のチョイスにデリカシーを感じる。ブレンドも苦味が深くて美味しい。だがここには岡田がいる。
お冷を運んできた岡田が小声で話しかけてきた。

「ああ、そうそう。この前苅原さんが教室で読んでた本、俺も読んだ」

「え」

嘘でしょ。絶対言うだけで読まないやつだと思ってたのに、わたしの言葉を真に受けたのかよ。

「すげえつまんなかった」

同感だけど、よく「すごい面白い」と言った本人に言えるな、と感心した。

やはりクラスメイトが働いているカフェは気まずい。わたしは早々にカップを空にして店を出た。
夜、ベッドに転がって本を読んでいたら、岡田からメールが届いた。

「来店ありがとう。常連になってください。あとおもしろい本教えて。普段全然本とか読まんので」

「コーヒー美味しかった。今度は岡田くんがいないときを狙って行きます。店員が客におすすめ本を聞くのはどうかと思います。なぜあんな店でバイトを」

たしか履歴書には「夢のため」と書いてあった。岡田のことだからどうせわけがわからない夢だろうと思いつつ、気にはなる。

「恋人にネックレスを買ってあげたい」

珍しく意味が通じる答えだった。ていうか彼女いたんだ。
 
「彼女いたんだ」

「超募集中。今から貯めてる。運命の人を見つけたら渡す」

なんで居もしない彼女にネックレスを送ることを前提にしてるのか。いきなりプレゼント渡すつもりなのか。やっぱり意味がわからない。

「意味がわからない」

「ネックレスって何十万円もするから、今から貯金しておかないといけないと駄目じゃん。あと恋人探しも兼ねてる。読書家な女の子タイプだから」

ふとんの中で、ぐお、と声を出してしまった。
言うか、そういうことを、今、このわたしに。おまえは何も考えてないんだろうが、返答するほうの気持ちを考えろ。
なんというデリカシーの無さ!

後半は無視して「高校生に何十万もするネックレスもらったら普通引く」と返したら、すぐに返事が来た。

「ピアノ線にビーズかなんかつけて手作りするのは?」

急に易きに流れたな。「たぶんそっちのほうがマシ」と返す。

「了解」

岡田のシンプルな返答を見て、少し安心する。ここでやっとメールの応酬を打ち切れそうだ。携帯を放り出してベッドの上であおむけになる。

いや、待て。
この了解は、どういう意味の了解だ。
明日は月曜日。学校がある。
そのとき、岡田は――。
 
ああ。
デリカシーのない人間はやっぱり嫌いだ。「撫子」で飲んだブレンドのせいにして、私は今晩の安眠を諦めた。

 


 
著者・品田遊(@d_v_osorezan

shinada_pdofile
小説家/漫画家。東京都在住。別名:ダ・ヴィンチ・恐山。著書に漫画『くーろんず』、小説『止まりだしたら走らない』『名称未設定ファイル』がある。

第1話「検索履歴書」
第2話「書くほどのこと」
第3話 「ピアノ線の平和的利用について」

著者からのコメント
「わけわかんない人」の存在がずっと気になっていて、会話しながら飛び飛びの思考回路をたどる感じが好きだったりします。

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