比之葉ラプソディ 第2話「……ブウウ――ンンンン……」|履歴小説

比之葉ラプソディ 履歴小説
カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家・クリエイターが、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴る「履歴小説」。

第2話のお題は、高円寺在住、浦部真鈴(19)の履歴書。

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書き手は、謎の新人作家、比之葉ラプソディでお送りします。
 

比之葉ラプソディ 第2話「……ブウウ――ンンンン……」

 
…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。

これはわたしの好きな小説の書き出しだ。擬音だけなのに混沌とした世界の不条理さが伝わってくる。そして今、わたしの頭の中にもその音が鳴り響いていた。

「誕生日だからってさ、別に特別なことなんてしないでいいんだよ」

寒空の下、紺のPコートを羽織った祐介君が言う。空気はひどく乾燥し、冷たい風が頬を冷却していく。わたしは「いやいやいや」と言葉を返してみたが、彼はニタリと笑うだけで、それ以上何も言わない。ただ口から出る白い息を眺めては、夜の高円寺を歩き続けた。

わたしは誕生日が苦手だった。自分の誕生日は周りからどれだけ愛されているかが計られてしまうようで怖いし、恋人の誕生日であれば、わたしの想いを試されているような気がして仕方ない。特別なことはしなくていい、なんて言われても、何かしなければ彼女失格。そんな強迫観念にかられていた。

12月2日。彼の誕生日まで、あと2日。どんなお祝いをすべきか思いつかずに苦しんでいたわたしは、アルバイト先の楽器屋の店長にアドバイスを求めることにした。

「そんなのカンタンじゃん。手紙だよ、手紙。俺もそうだけどさ、男はみんなロマンチストだから、手紙をもらった日にゃあグッと来ちゃうよね」

「そんなもんですかね」

「そんなもん。あ、でも文章は短めにね。長いと重いって思われちゃうから。あと、ちょっとしたワンアイテムのプレゼントも忘れずに!」

手紙とワンアイテム…。そういえば、祐介君は鍵を生身でポケットに入れていたのを思い出した。手紙とキーケースを贈ろう。2日前のギリギリではあったが、なんとか喜んでもらえそうなアイデアが出てホッと胸を撫で下ろした。

「最近誰かにつけられてる気がするんだけど…」
「ストーカー?…大丈夫。何があっても俺が守ってみせるから」

怯えるわたしに、祐介君はそう答えてキスをした。キスを終えると、彼は彼の下唇を吸いながら照れ笑いした。

「これ昔からの癖なんだよね」

そう言って少年のような笑みでこちらを見つめてくる。時折無邪気で、時折男らしくて、いつでも優しくて。彼のことを日に日に好きになっている自分がいた。

誕生日のお祝いはうまくいった。高級レストランを予約したわけでも、高価なものをあげたわけでもなかったけれど、わたしの家で手紙とキーケースをプレゼントし、小さなケーキと手づくりのオムライスを振る舞って、祐介君はえらく喜んでいた。それ以来、わたしたちの関係はより親密なものになっていた。とても幸せだった。

それなのに、なんでストーカーに遭わなければならないんだろう。こんなに幸せなのに。飽き性のわたしが、ずっと好きでいられそうな人を見つけられたのに。誰が邪魔しようとしているの?

答え、というか、答えのようなものがわかりかけたのは12月11日のことだった。誰がつけてきているのか、その正体を明らかにするために、わたしはデジタル一眼カメラを首からぶら下げて高円寺の街を歩いた。怪しい人がいたらズームして、気づかれないように遠くから写真を撮る作戦だ。

比之葉ラプソディ 履歴小説 第二話
 
シャッシャッシャッ。わたしは何度かシャッターを切った。どう考えてもずっとあとをつけてくる不審な人がいたからだ。髪の毛にへばりつくガムのように、しつこく、わたしの歩く道をつけてくる。撮った写真を見ると、ごく普通の男子高校生が写っていた。まだ性も知らないような、無垢な男の子。「勝てる」と思ったわたしは、思い切ってその子の方に歩き出し、目の前に躍り出た。

「ねえ、ずっと後つけてきてるでしょ!それも今日だけじゃない。もうやめてくれる?怖いし、迷惑だし、わたし彼氏いるから!」
「い、いえ、そういうつもりでは…」

男の子はひどく落ち込んだような表情で地面に目をやった。勝った、と思った。これでもうストーカーの影に怯えることはなくなるだろう。そう思っていた。この時はまだ。

自宅のポストを開ける。するとそこに、2枚の紙切れが入っているのが見えた。なんだろう?不思議に思って取り出すと、1枚は『走れメロス』の破られた1ページだった。そしてもう1枚は、その破られたページに書かれているセリフを改変した言葉が書いてある紙だった。紙にはこう書いてあった。

「真鈴よ、僕を愛せ。力いっぱいに僕を愛せ。君がもし僕を愛してくれなかったら、僕は君と抱擁する資格さえないのだ。愛せ」

頭が真っ白になる。ストーカーは、諦めるどころか、こんな気持ち悪い手紙まで残していった。怖い怖い怖い怖い。どうしようどうしようどうしよう。

気づくとわたしは祐介君の家に駆け込んでいた。パニック状態だった。救いを求められるのは彼しかいない。ここに来ればきっともう…パニックになりながらも、わたしは適切な選択をしていた。

「急にごめん…ちょっといろいろあって…」
「大丈夫?ここに来ればもう安全だからね」

彼は優しく出迎えてくれた。このぬくもりを求めていた。本当によかった。

と、ここでわたしはあることに気づいた。いつもは「使ってない部屋だから」と閉められていた、祐介君の隣の部屋の扉が開いていることに。チラッと覗いてみる。部屋の中は散乱しており、いろいろな本が雑然と地面に放られている。そして、その中に、あったのだ。ずいぶんとくたびれた表紙の『走れメロス』が。まさか、と思い、部屋のなかに手を伸ばして本を取る。パラパラとめくると、やはり、1ページだけが不自然に破られていた。

「え、どういうこと?祐介君?」

彼の方を見ると、人が変わったような表情でこちらを見つめている。

「…祐介君?いいえ、僕は真悟です。君とは一度だけ話したことがありましたね。僕という人格は、本当は消えたはずでした。でも、ほんのわずかではありますが、まだ残っていました。祐介も気づかない心の奥で、ひそかに。3日に1時間程度ですが、現れることができました。だから君に近づきました。愛をこんな形でしか表現できなくて、ごめんなさ」

そこまで聞いて、わたしは逃げた。脇目も振らず、ただひたすらに走って逃げた。真悟って何?消えたはずの人格?何を言ってるの?え?ここはどこ?わたしは誰?

走り続けた先で、わたしは誰もいない公園にたどり着いていた。もうすっかり夜。心臓の鼓動が止まらない。どうしてこうなったんだろう。どこで間違ったんだろう。もう何もわからない。もう何もわかりたくない。そして、わたしの頭の中では、ただただ不気味な音が鳴り響いていた。

……ブウウウ…………ンン…………ンンン…………。

 


 
著者・比之葉ラプソディ

konoha_profile
突如文壇に現れた新鋭小説家。年齢や出身地など、詳細なプロフィールは一切不明。小説よりも小説らしいドラマチックな生活を送っていると噂されている。

第1話「真悟は激怒した」
第2話「……ブウウ――ンンンン……」
第3話「レモン爆発事件」

著者からのコメント
どんでん返しものの映画が好きです。そういう自分の好きな展開に挑戦してみたくなり、第1話に引き続きストーリーを考えました。今回、真鈴の履歴書の要素はあまり反映されていませんが、第3話で回収する予定です。

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