カツセマサヒコ 第2話「ビートルズな女」|履歴小説

カツセマサヒコ 履歴小説 第二話
カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家・クリエイターが、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴る「履歴小説」。

第2話のお題は、高円寺在住、浦部真鈴(19)の履歴書。

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書き手は、Twitterでも大人気のフリーライター、カツセマサヒコでお送りします。

 

カツセマサヒコ 第2話「ビートルズな女」

 

「浦部…マリンさんで、いいのかな」

寂れた文具店の店主は、私の履歴書をじっと見つめながら言った。

「はい、真鈴です。読みづらくて、すみません」

一見では読めない名前を、付けられた。そのことが、どうにも納得できなかった。自分の名前を自分で決められるゲームの世界が、ひどく羨ましく思えた。

「いい名前だ。『イエロー・サブマリン』の、マリンだね」

丸い老眼鏡の奥から、目尻の深い皺が覗く。裏表のなさそうな笑顔は、この場がアルバイトの面接現場であることも忘れそうになるほど、優しかった。

「未来堂文具店」。1969年にオープンしたというこの店の店主は、現在68歳だと言うから、20歳にして文房具屋を始めたことになる。私とほぼ同い年のときには、一店舗の主だったわけだ。

「店主は、どうして文房具屋を始めたんですか?」
「“浅野さん”で、いいよ」

突然飛び出した先日別れたばかりの元カレと同じ苗字に、少し動揺する。

「僕はここで、待っているんだ」
「待っている?」
「創業してから48年間、見つけてもらうのを待っている」

明らかに、意味深な発言だった。どうぞ詳細を聞いてくれと言わんばかりのフリに、若干戸惑う。

「誰を、待っているんですか?」
「笑わないで聞いてくれたら嬉しいけれど」

そう前置きしている本人が、笑いながら言った。

「未来からの使者、かな」

笑わなかったというか、笑えなかった。

「お前さあ、俺が未来から来たって言ったら、どう思うよ」

シンゴが私にそう聞いたのは、付き合ってすぐのことだから、去年、つまり2016年の夏だ。彼のミニクーパーに乗って、誰もいない海岸に来ていた。途中、道で売られていたブルーハワイのかき氷を買って、食べていたと思う。

カツセマサヒコ 履歴小説 第二話
 
「たとえば100年以上未来から来て、そうだな、未来で開発された装置を、過去に渡しに来たとかだったら、どう思うよ」

世間知らずだった彼が、クラシック音楽やビートルズ、そして草木に興味があることは知っていたが、SFにまで興味があるとは知らなかった。

「なんか、ターミネーターみたいだなって思う」
「ターミネーター?」
「映画だよ。未来から来た主人公が、未来を変えるために、現代に来るの。陳腐でしょ?」
「ああ、なるほどね。じゃあ俺がそれだ。主人公の名前は?」
「ジョン・コナー」
「いいね、ジョン・レノンと同じ、“ジョン”だ」

何故か、満足そうだった。もしかしたら、陳腐という言葉の意味を知らないのかもしれない。

「だとしたら、こんなことしてないで、さっさとその“未来で開発された装置”を渡して、帰ればいいのに」
「んー、それができたら苦労はしないんだろうけど、未来も万能じゃなくてさ」
「うんうん、なにか不具合があるんだ? それも、お決まりのパターンだね」
「そのとおり。過去に来たものの、渡し相手がどこにいるのか、わからないんだよね」

それもまた困るだろうと思ったが、何故かシンゴは楽しそうだった。草木の話よりも、ビートルズの「リボルバー」の話よりも、何よりも空想の話をしているときの彼が、一番楽しそうだった。

そのことが、今になって思い返された。

「真鈴さんは、大学を辞められたんですか」

店主の声で、我に帰った。ここは海岸沿いではなく古びた文具店で、しかも私は、その店にアルバイト面接に来ていた。

「あ、はい。今年の8月に、辞めました」
「どうして、辞めちゃったのかな?」

見透かすような瞳を感じた。でも、そこに恐怖感はなかった。

「恥ずかしいんですけど、きっかけは、恋愛関係です」
「恋愛! 大学なんて、広いのにねえ。別れて、学内にいられなくなったの?」
「いや、彼は、学外の人だったんですけど」
「だったら、辞めることは、なかったんじゃないかなあ」

本当に勿体なさそうな顔をした。孫娘を心配するような口調だった。

「本当に突拍子もない話なんですが」
「うんうん」
「彼は、『文具店を探している』と、言っていたんです」

店主の分厚い二重まぶたが、私にまっすぐ向けられた。

「文具店」
「はい。それで、一緒にいくつもの文具店を回っていたのですが、もう、彼とは別れてしまって」

前を向くと、先ほどまで穏やかな表情だった老人は、少し緊張した面持ちに変わっていた。

「それで、私は私で、探そうと思ったんです」
「文具店を?」
「はい。その文具店に何か特徴があるとかを聞いたわけではないんですが、全国の文具店を探して回れば、いつか、彼が探していた店が見つかると思って」
「なるほど。それは、途方もない。それで、大学を辞めて、文具店を回っていたんだ」
「はい、アルバイトに来たのも、実は、横同士のつながりを期待してのことでした」

そこまで聞いた時点で、店主は少し落ち着きを取り戻したようで、老眼鏡を拭き始めた。

「“文具店”ってことしか、情報がないんだよ」

シンゴは空になったブルーハワイの器を覗きこみながら言った。

「そんだけ? 文房具屋なんて、腐るほどあるよ?」
「いや、それがそもそも、すげえんだよ。未来には、文具なんてないぞ」
「へえ、面白い設定だね、それ。未来は全部、電子機器?」

茶化すように言った。

「まあ、そうなるのかな。でも、想像してんのと違うぞ」
「何が?」
「文房具は、文明やテクノロジーの発達によって、消えていったわけじゃない」
「あれ、そうなの? じゃあなんで、なくなるの? 便利なのに」
「紙も鉛筆も、元は草木からできているだろ」
「うん」

生暖かく、身体にベタリと貼りつくように、潮風が吹く。

「草も木も、鉛筆に使う黒鉛も、雨水さえも、未来では全て、人類を脅かす外敵だ」

真っ直ぐに、海の先を見ながら、シンゴは自身の描く壮大なSFの舞台を語った。

「それで、2016年のジョン・コナーことシンゴが、その未来を変えに来たってわけ?」
「ああ、そうだな」

満足そうな笑みだった。
彼の戯れ言が、真実ではないかと思えるようになるまで、そこから半年以上かかった。

「ちなみに、教えてほしいのだけれど」

拭き直した眼鏡を掛けながら、遠慮がちに店主は言う。

「その、別れた彼氏さんの名前は、なんて言うんだい?」

「浅野真悟です」
「浅野、真悟」

なるほど、と言いながら、店主は引き出しから、別の履歴書をめくり出す。

「おそらく、この後面接に来る人が、君の元彼さんだ」

続く。
 


 
著者・カツセマサヒコ(@katsuse_m

katuse_profile
フリーライター。1986年東京うまれ。編集プロダクション・プレスラボでのライター経験を経て、2017年4月に独立。広告記事、取材記事、エッセイ、物語等の企画・取材・執筆を行う。Twitterでの恋愛・妄想ツイートが10~20代前半の女性の間で話題を呼び、フォロワーは現在10万人を超える。趣味はスマホの充電。

第1話「from2119」
第2話「ビートルズの女」
第3話「リターン」

著者からのコメント
この連載の依頼がきたとき、最初に三人ぶんの履歴書をまとめて見させてもらったんです。最初に浅野と真鈴のメールアドレスが目に留まって、じゃあこのふたりは付き合っていることにしよう。彼女はhey_judeだからビートルズが好き。それを第一話から匂わせようと考えていました。一話から読み返すことで、再発見が多い話になっていると思います。

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カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家が、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴ります。

 

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