カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家・クリエイターが、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴る「履歴小説」。
第1話のお題は、世田谷区在住、浅野真悟(21)の履歴書。
書き手は、「ダ・ヴィンチ・恐山」としても活動する小説家、品田遊でお送りします。
品田遊 第1話「検索履歴書」
チープなオルゴール調にアレンジされたJ-popが店内に響いている。
開店前の誰もいない居酒屋。ボックス席の隅で、浅野真悟は首の皮をつまんだり膝を揺らしたりしながら店長を待っていた。
もうすぐアルバイトの採用面接がはじまる。頭の中で何度もシミュレーションしたのに、いまだに現実感がわかなかった。不安が体を這い回って落ち着かない。
真悟は、経歴に自信がないわけではなかった。私立の有名大学にストレートで入れたし、語学系の資格も持っている。大きな失敗を経験したこともない。しかし、だからこそ、この居酒屋の面接で「薄さ」を見抜かれてしまうのではないか――真悟はそんな根拠のない予感に怯えていた。
コピーした履歴書を見返して後悔する。くそ、何が「得意な曲は『G線上のアリア』です」だ。居酒屋の面接で言うことかよ。気取りやがって、おれ。初めてのバイトなんだから、もっと見栄を張らずに書けばよかった。
「はい、それじゃ面接を始めます」
現れた40代くらいの男が向かい側に腰を下ろした。
「あ、よろしくお願いします」
慌てて立ち上がり頭を下げる。
「いや、そんなに緊張しなくていいですよ。パッとやってバッと終わらせましょ。えっと、浅野真悟くんね。うん、なるほど……」
店長は、広げた巻物のように長い紙に目を通し始めた。明らかに提出した履歴書ではない。真悟が違和感を隠せずにいると、店長が気づいた。
「ああ。これ? 伝わってなかったのかな。今年から全国的に、採用活動で履歴書は参考にしないことになったんだ。結局、履歴書だけじゃその人の本質はわからないって話になってね」
「えっ」
それは真悟にとって初耳だった。なぜそんな重要な事を知らなかったのか。では何で合否を判断されるのか。店長が見ている紙はなんなのか。複数の疑問が喉につかえて言葉が出ない。
「そこで代わりに使われてるのが、本人の内面をより正確に反映する『検索履歴書』だ」
「検索……? すみません、どういうことでしょうか」
「『ラップ 韻 踏み方』」
「ゴホッ」
真悟は思わず咳き込んだ。それは彼がおとといの夜に検索した言葉だった。
「ちょっ、ちょっと待ってください。なんですか、これは」
真悟は喉をかきむしりたくなる気持ちで、店長が見ている長い用紙を覗き込んだ。そこには小さい文字で、膨大な「検索履歴」が記されていた。
「『ライム 意味』『ラップ かっこいい 手の動き』『ラッパー 怖い人 多い 本当』……浅野くんはラップに興味があるのかな」
深夜番組に影響され、一晩の気の迷いでラッパーを志しかけたときの履歴もしっかりと書かれている。
「な、な、んで、こんなことが」
「『自分に自信がない 対処法』『あがり症 克服』『面接 緊張しない 方法』……けっこう人前苦手なタイプ? まあ一度接客を経験すれば慣れるよ」
「待って、待ってください」
目を白黒させる真悟とは裏腹に、店長は淡々と「検索履歴書」を読み上げる。
いつしか店内BGMは鳴り止んでいた。
「『しらたき 白菜 料理 簡単』……冷蔵庫のありもので何か作ろうとした?
『21歳 偉人 業績』……自分と同じ年の偉人が何してたか気になるの、僕も分かるなあ。
『ゴムパッキン 真っ黒』……カビ取り剤使った?
『アドバルーン 飛ばないか見る アルバイト』……楽なバイトを探してた形跡があるな。
『メール ハートマーク 脈』……気になってる子がいるのかな。やっぱり検索結果には性格が出るねえ」
公衆の面前で服を脱がされている気分だ。真悟は身を乗り出して喉から声を絞り出した。
どこからか、「G線上のアリア」の音色が聴こえてきた。
「や、やめ……」
「『セクシー GIF動画』」
演奏の音量がじりじりと上がる。
「やめてくれっ――!」
真悟はベッドで目を覚ました。
目覚まし用に設定した「G線上のアリア」が、枕元でけたたましく鳴っている。アラームを止めて時刻を見ると、もう大学に行く時刻が迫っていた。
机の上に、昨日の深夜に書いた悪夢の元凶――履歴書がそのまま置かれているのが目に入った。提出期限は今日まで。
真悟は歯を磨きながらそれを読み返した。ここに嘘はない。しかし、真悟という人間そのものとは何かが違う気がした。自分はそんなに向上心に溢れた人間じゃない。気取りやがって。
書き直そうか、という思いを、真悟は頭を左右に振って払い除けた。
これが自分だ。
自分に自信のない自分を覆い隠そうとする、矮小な自分。その全てが自分自身なのだ。真悟は、その履歴書を提出することに決めた。
出かける準備を済ませてから、携帯のブラウザに「検索履歴書」と入力してみる。
検索結果:0件
だよな、と笑って、真悟は玄関のスニーカーに足を入れた。
著者・品田遊(@d_v_osorezan)
小説家/漫画家。東京都在住。別名:ダ・ヴィンチ・恐山。著書に漫画『くーろんず』、小説『止まりだしたら走らない』『名称未設定ファイル』がある。
第2話「書くほどのこと」
第3話 9月25日公開予定
著者からのコメント
履歴書よりもよっぽど本質にせまる「履歴」はなんだろう……と考えて思いついた話です。考えるうちになんだか悪夢のようになってしまいました。たしかに「おもしろい 小説 書き方」なんて履歴を見られたくはありません
【履歴小説】5人の作家が3枚の履歴書から物語を妄想してみた
カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家が、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴ります。