人生の多くの時間を費やす「仕事」において、自分の「好き」を見つけ、その「好き」を行動に起こしていくことで、人生をより豊かなものにできるのだと思います。
その好きを見つける応援をするため、学生生活がもっと楽しくなるお役立ちマガジン「From Aしよ!!」では、さまざまな「働くヒト」に光を当て、その過去から今、そして未来について伺い、働く楽しさ、働く意義をお届けしていきます。
その第1回目を飾るのは、アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』のヒロインである本間芽衣子(めんま)役や『ちはやふる』の大江奏役、そして『ARIA The AVVENIRE』のアーニャ・ドストエフスカヤ役を務める、声優の茅野愛衣さんにお話を聞いていきます。
インタビューの前編(※)では、茅野さんが裏方仕事だと思っていた声優仕事に対して見出した可能性や、働く意義について伺ってきました。
後編である今回では、茅野さんがどのような経験を通して活躍するまでに至り、さらにバイト経験が今の茅野さんにどういった影響を与えたのかについて伺っていきます。また最後には、茅野さんをいつも支えているマネージャー江崎正尚さんと、茅野さんの魅力について紐解いていきます。
みんなで何かを作る「達成感」を味わいたくて、声優になりました
━━茅野さんは現在、さまざまな作品でご活躍されており、その活躍は経験によって成り立っていると思います。そうしたことから茅野さんの過去について伺えればと……。
茅野愛衣(以下、茅野):そうですね……。まず幼少期なのですが、バレエとピアノを習っていたので、自己表現活動はかなり好きだったと思います。学芸会のような何か発表する行事では、みんなで頑張ろうと前に出て、ノリノリでやっていました。
━━リーダーシップを取るタイプだったのですか?
茅野:そこまでではなかったんですけど、中学・高校の委員会では、前のめりになりつつ「みんなで頑張ろう!」と言ったりしていました。
ただ私自身、昔からすごくマイペースな人間で、自分のやりたいときにやりたいことをやって、いつも自分の時間で動くような人だったんですけど、それが中学・高校に入ってから協調性を持てるようになったかなと思います。
━━中学・高校でなにがあったのでしょうか。
茅野:小学校は共学だったんですけど、中学校から女子校に通っていたんです。それで、周りが同性ばかりになったことで心が楽になり、自分の意見をはっきり言うことができるようになりました。
変に気を使わなくてもよくなったというか、それが協調性につながったんだと思います。
━━その当時は、何か「表現」に関わるような活動はされていましたか?
茅野:私が表現の仕事をすると決めたのは、20歳を過ぎてからなんです。10代の頃は、エステやリラクゼーションといった美容系の仕事に興味がありました。
さきほど少しお話したのですが、母が美容関係のお仕事をしていて、その母の姿が格好良く見えて、自分もああいう風になりたいという思いで取り組んでいました。
高校生のときに、夜間に受講できるメイクやマッサージの講習に行ったりして、並行して勉強していましたね。
━━美容の世界から声優のお仕事に興味を持ったきっかけは何だったのですか?
茅野:ある時、たまたま深夜に見たテレビアニメ『ARIA』にすごく癒されてしまい、「アニメも面白いな」と思ったのがきっかけです。
当時の美容のお仕事は、一対一での対話が多く、お客様と私だけのお仕事になってしまいがちだったんですけど、徐々にいろんな人と何か一つのものをつくるようなお仕事をしたいと思うようになりました。
みんなで一つの舞台をつくったり、みんなで一つの表現をすることも好きだったんですけど、20歳を過ぎた頃からそういう文化祭や学園祭のような、「みんなで何かをつくる達成感」みたいなものを感じる機会がなくなってしまって……。
そんな時にアニメを観て「アニメは大人でも楽しめるんだ!」と思い、アニメという仕事に携わってみたいと思うようになりました。
ただ私は特にお話が書けるわけでも、絵が描けるわけでもなかったのですが、接客は得意だったし、声でのお仕事ならできるかもと思い、事務所のオーディションを受けたんです。
━━いきなりオーディションを受けたのですか?
茅野:そうですね(笑)。興味があることに対しては、思い立ったらすぐに行動するタイプなので、とりあえず真っ先にオーディションを受けてみようと思いました。
今になって考えると、すごく無謀なことだったんですけど、オーディションを受けるのにも「何年以上経験のある方」といった募集要項があるんですよね。
だけど当時、そういった要項を全く見てなくて、「今までのお芝居の経験は?」という質問に対して「学芸会でやりました!」と答えるくらい怖いものなしでした。
━━度胸があるというか、行動力があるというか、良い意味でのマイペースなところは変わらないんですね(笑)。
茅野:「おはようございます。」という挨拶ですら、「この人たちはなんで夜なのにおはようございますって言っているんだろう…。」と思っていたくらいなので、本当に怖いものなんて無かったですね(笑)。
それでたまたまオーディションに受かって、そこから1年間養成所に通ったのちにこの業界に入りました。
喫茶店やカラオケ店など、バイト漬けだった経験が今の演技の糧に
━━先ほど高校ではダブルスクールをしていたという話があったと思うのですが、そういった勉強の学費とかはどうされていたんですか?
茅野:すごく素敵な天然石のアクセサリーを売っているお店が都内にあり、そこでアクセサリーをつくっていた方に「うちで働かない?」と言われて、バイトさせてもらうことになりました。
実際に石のデザインとかも学ばせてもらったりもして、そのバイトがすごく楽しくて。
━━それが初めてのバイトですか?
茅野:それが初めてのバイトだったと思います。それとカラオケ店でもアルバイトをしていました。
カラオケ店だったら先生は来ないだろうと思ってやっていましたね。あと喫茶店や和食料理屋さんでも働いたことがあります。
━━幅が広すぎて、どこから突っ込めばいいのかわからないですね(笑)。
茅野:アルバイトをする際に結構誘っていただくことが多かったんです。「うちでやらない?」みたいな話があったりすると、すぐに「是非!」となり、1週間に1回は顔を出すという形でやらせてもらっていたバイトが多かったです。
日本酒を扱うお店では、私の好きな日本酒について学べましたし、喫茶店ではコーヒーの淹れ方も教えていただきました。あとはカラオケ店での経験は、大きい声を出すことに対してあまり抵抗がなくなりましたね。
また働く場所によって、そこで働く方もお客さんも変わってくるので、それが面白かったですね。沢山の方たちとお話しができるので、いろいろな役を演じることが多く、何一つ無駄なことはなかったなと、いましみじみ感じています。
━━アルバイトでの経験は、深く今につながっているということですか?
茅野:そうですね。声優の仕事も、いろいろな方に会う機会が多いので、その点においてもアルバイトを通してたくさんの方とお話ができて良かったなと思います。
働いて、常連さんと仲良くなれたり、全く違う立場のお客さまからアドバイスをもらえるのも嬉しかったです。あの時はどういう意味かわからなかったことも、今思うとその通りだったなと思えることが多々あります。
”好き”を見つけるため、自分に限界をつくらず、まずはやってみる
━━最後に、今も昔も若い世代の人たちの中で「夢がないからとりあえず就職」という状況が変わらずあるのですが、「こうやっていけばいいんだよ」というメッセージやアドバイスがあれば教えてください。
茅野:私は方向転換もありだと思っています。私自身がそうだったので。10代の時に「これだ!」と思っていても、20代になったらまた変わりますし、30代になったらまた変わると思うので、あまり自分に限界をつくらないでほしいなと思います。
なので、やるだけやってみようという感じでやってみるのもアリだと思います。でも、1番近道なのは好きなことを見つけることだと思います。
━━どうやったら「好き」を見つけられますか?
茅野:まずやってみないと好きなことってわからないので、本当に興味あることは全部やってみたらいいと思います。
私、昔どこかの大学でピンクの白衣を着て健康診断の受付を1日派遣でやったことがあります(笑)。最初はそんなところからでいいと思います。
例えばクリスマスのケーキを売る仕事でもいいですし、1日やってみたら、そこで仲間や友達ができるかもしれない。そしてそこから広がってくることもたくさんあると思うので。
また、もし外に出たくなく、家にいたいのであれば、その強い思いを用いて、家でできる仕事を探せばいいと思います。とりあえず、自分自身を柔軟にしてなんでも吸収できるスポンジみたいな気持ちで取り組めれば良いのではないでしょうか。
━━ありがとうございました! ここからは普段から声優 茅野愛衣さんを支えているマネージャーの江崎さんにお話を伺ってまいります。
茅野さんは自分自身をプラスに調整していく
━━江崎さんから見て茅野さんはどのような人でしょうか。
江崎正尚(以下、江崎):茅野さんのすごいところは、物事を常にフラットな視点で見ていて、オーディションの時の芝居に自分自身に色付けしすぎないところなんです。
もちろんオーディションでは、ある程度そのキャラクターをつくって望むべきなんですけど、最終的にキャラクターを作るのは現場なので、あまり決めてかかると向こうの想像しているキャラクターと相反してしまうこともあるので。
最近はナチュラルな芝居が求められることが多いですし、彼女の声の特徴を活かすためにも「この子ならもっとできそうな気がする」「別のキャラクターも出来そうな気がする」という可能性を現場の人に見てもらうために、あまりつくり込みすぎないということを意識しています。
彼女自身、昔のいろいろな経験をもとにしたバランス感覚の良い役者なので、演じるキャラクターを俯瞰して見ることができているんだと思います。
それと、役者さんやクリエーターって、一つのことに集中することに長けている人だと思いますし、独特な雰囲気を持っている方が多いので、どちらかというと社交的よりも内向的な人が多いです。
その中でも茅野さんの場合は、とても社交的で周りの方たちとコミュニケーションを取ることが好きなのかなと思います。
━━今の声優さんは「歌も歌わなければいけないし、ダンスもできなければいけない」という風にネガティブな方向に捉える方が少なからずいるなか、茅野さんは「こんなこともできるし、あんなこともできるし」という話をしていて、なんでもプラスに変えていく方なんだなと感じました。
江崎:それがすごいんです! みなさんもそうだと思うんですが、仕事って圧倒的に受け身で始まることが多いので、やらなければいけない、やらされていると考えがちになりネガティブな思考になると思います。
茅野さんがうちの事務所に入ってきたのが今年で、正直まだ分からない部分がありますが、状況を楽しむポジティブさや、物事をプラス思考に考えられるところを、いつもすごいなぁと感心させられます。
━━マネージャーとしてはある意味、一緒に仕事しやすい人ですね。
江崎:そうですね。経験したことがなくとも、「面白そうですね、やりましょう!」みたいな反応が多いので、マネージャーとしては仕事を一緒にやるのが楽しいですね。
本当に何だっていい。目の前にある面白さに気づき、行動する
━━「この子は活躍しそうだな」という可能性を感じる声優さんたちに、何か共通項とかってあったりしますか。
江崎:今は役を演じることから、作品のプロモーションまでするようになったので、「ここが輝いているな」という尖ったものを持っている子は残ると思います。
すべてが平均的だと他の子に負けてしまうので、何かしら突き抜けている個性がある子には可能性はありますね。
━━最後に、人が自分の持っているものを飛び抜けさせるためにどういうことをしたらいいと思いますか?
江崎:短所を克服するよりも、長所をより伸ばすことを先に考え、実行することだと思います。もちろん短所をある程度のレベルまで引き上げることは大事なことだと思いますが、それでは、個人が持っている魅力や個性が磨かれないと思います。
長所や好きなことが分からないという人も多いと思うのですが、そういう人は、何でもいいのでとりあえず色々なことをやってみてください。例えばテレビを見ていて、これ美味しそうだなぁと思ったら食べに行ってみることからでもいいと思います。好奇心を持ってそこに行けば、何かしらの発見や出会いがあるかもしれません。
体験してみて違うなって「これは合わないな」って思うことも自分を知る良い糧になりますし、茅野さんみたいに「お酒が好き!」ということもお酒を飲まないと分からないことですしね(笑) 本当に何でもいいんです、とりあえず動いてみないことには何も変わらないので、動いてみていろんな自分に気付いていってください。
芝居をするのには、先程話したような経験や自分自身を知ることがとても大切です。芝居って、感情であったり感覚であったり、置かれた心境や状況に合わせて演じるものなので、それに近い経験をしていれば、心境や状況を具体的にイメージすることが出来るので、どういう芝居をすればいいのか、どういう役作りをすればいいのか経験がヒントになります。だから、声優を目指している方には、いろんな経験をして欲しいなと思います。
自分自身、今年、体調を崩して一度入院したことがあったんですけど、そこで担当してくださった先生に「お仕事大変じゃないですか?」と何気なく聞いたんです。
そしたら「仕事はみんな大変ですからね。」と仰っていて、その言葉がすごく心に刺さりました。
大変なのは当たり前なんだから、私も頑張ろう。だけどそのなかで、大変でも大変なりに楽しく頑張り、いろいろ挑戦していこうと改めて思いました。
編集後記
近年、声優という仕事が徐々に世間で注目されるようになる一方、どのようにして目指し、どうやって取り組めば活躍できるのかが不透明でした。
そうした中で、茅野さんは接客業を主体としたさまざまなバイトを通して、コミュニケーション術を身につけるとともに、接客した人々から人の動きや喋り方を学び、声優という仕事に活かしていました。
「何事にも興味を持ち、自分で限界をつくらず挑戦する」
何から始めて良いのかわからない。そうした悩みを抱えている人は、あまり考えすぎずに少しでも気になるもの、心を動かされたものに取り組んでみてはいかがでしょうか。
※この記事は>>アニメイトタイムズが企画制作したものです。
取材・構成:長谷憲、織田上総介(アニメイトラボ) 撮影:山本哲也
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