「落語デート」をしたことはありますか?気にはなるけど、どこに行けばいいのか、どんな噺がオススメか、そもそも全くの初心者が行っても話についていけるか……。そんな不安や疑問がある大学生もいるのでは。
今回お話しを伺った落語家 立川こしらさんは「落語に行くか迷っている人は来なくていい!!」とそんな不安や疑問を吹き飛ばすかのようにあえておっしゃいました。「落語ほど身近なエンターテイメントはない」「誰でも気軽に来て笑って帰れるのが落語だ」という自信の現れのようです。そんな立川さんがシーン別にオススメの落語を4つ紹介してくださいました。「普通に選んでも面白くないので、あえて…」という立川さん流のセレクトセンスも光ります。
予備知識なしでも落語は聞いて楽しめる
――落語は敷居が高いと感じてしまうのですが、大学生が落語を聞きに行っても大丈夫なんでしょうか?
もちろん、むしろ「初心者が聞いて楽しめない落語はない」と言ってもいいぐらいです。歌舞伎や能・狂言のように難しいものではなく、庶民の物語なので。単語が少し難しかったり、古かったりしますが、みなさんの身の回りにもあるような些細なことを話のネタに語っているので、聞けば誰でも笑えるものだと思います。
若い人は、勉強しないと落語などの伝統芸能に踏み込んではいけないと思いがちなところもありますが、落語は積極的に参加してもらえればそれだけで楽しいものです。手紙を書くというシーンがあったとして、TVドラマみたいに紙とペンの実物を使うわけではないにせよ、集中して頭の中で紙とペンがあるように想像してもらえればストーリーが自然と頭に入ってくるように私たち落語家も仕草を磨いています。
――いきなりで良いと思うと、ハードルがぐっと下がりますね。その上で、大学生が落語デートをするときにオススメの噺などはありますか?
シチュエーション別に4つに分けてみると面白いかと思います。告白の前なら「厩家事(うまやかじ)」、結婚などを真面目に考えている時には「寿限無(じゅげむ)」、喧嘩して仲直りしたいなら「風呂敷」と「紙入れ」。これらが私のオススメです。
1.告白前に--男女はギリギリですれ違う「厩火事」
「厩火事」には、年上の女房と歳下の旦那が登場します。年上で働き者の女房に対して、旦那は働かずに依存しているぐうたらです。そんな旦那に対して、『自分が年をとったら捨てられるんじゃないか』と愛しく思う女房は、ご隠居さんに相談に乗ってもらって2つの話を聞きます。
まず1つは、中国の孔子にまつわる話。孔子の大事にしていた馬が、家来の出した火事で焼け死んでしまいます。本来であれば怒られて当然の家来に対して孔子は、馬の事には一切触れず、家来の身を案じてやり、家来はその後一生懸命孔子に尽くしたという話です。
もう1つは、ある殿様が大事にしていた瀬戸物を来客に見せようとした時の話。奥さんに持ってこさせようとしたら、奥さんは瀬戸物を割ってしまいました。孔子が家来を思うように温かい言葉をかけてやれればよかったものの、「瀬戸物は大丈夫か」と殿様は奥様の身を案ずることができず、その後二人は別れて殿様は独身で一生を終えることになってしまいます。
この2つの話を聞いた女房は、旦那が凝っている瀬戸物を壊してみようとなるわけです。家に帰ってドキドキしながら壊してみると、「体は大丈夫か」と旦那は聞いてくれました。「そんなに私の事が心配か」と嬉しくなった女房が聞くと、「お前が怪我したら俺は遊んで酒が飲めないだろう」と旦那に言われるというオチ。男と女の本音は一致しないと言うことを風刺した話です。一旦落ち着いて、お互いのことや付き合うということをもっと理解したほうがいいんじゃないかという大人な意見で選んでみました。
2.結婚など真剣な話をするなら--江戸時代のキラキラネーム「寿限無」
大学生のみなさんに結婚はまだ早いかもしれませんが、今後の真剣な交際を考えたときにオススメなのが「寿限無」です。「寿限無、寿限無 五劫の擦り切れ 海砂利水魚の水行末…」というご存知の人も多い冒頭は、実は子どもの名前で、ものすごい長い名前がついた子供にまつわる噺です。
事の発端は、長生きする子にすべくありがたい名前をつけようとした親が原因。お寺にアドバイスを聞きに行ったら、名前につけたい言葉が出るわ出るわでに絞りきれず。でも後悔はしたくないから、全部つなげてしまおうとなるんです。今で言うDQNネーム。冒頭が有名ではありますが、後に続く話では長い名前がついたためにその子供に降りかかる厄介ごとも紹介されます。寿限無を聞いた後に、「私たちが結婚して子供ができたらこんな名前つけるのやめようね」などとさらっと将来の話を切り出すきっかけにいいかなと思います。
3.喧嘩の仲直りの秘訣は--男は女にかなわない「風呂敷」「紙入れ」
喧嘩をして仲直りしたいときは「風呂敷」と「紙入れ」がオススメです。この2つを選んだ理由は「喧嘩は男が謝らないと収まらない」という普遍的なメッセージを大学生のみなさんにも伝えたいからです。この2つの話はどちらも浮気をしている女房が出てきます。
「風呂敷」では、幼馴染と浮気をしていたところに酔っ払った旦那が帰ってきてしまうところから始まります。女房は幼馴染を押入れに隠すが、酔った亭主が押入れの扉の目の前で寝てしまい、幼馴染は出るに出られなくなる。困った女房は、たまたまやってきた鳶頭の政五郎さんにことの次第を説明。「この前、風呂敷を使って浮気男を家から巧みに逃がした女の話があって…」と、他人事をあたかも再現するかのように旦那の顔を風呂敷で政五郎さんが覆っている隙に、女房は幼馴染を外に逃がすという話。
「紙入れ」は、浮気の現場に紙入れ(財布)を忘れてしまった男の噺です。貸本屋の新吉は、旦那の留守中だから大丈夫と出入り先のおかみさんに誘惑されてしまいます。そんな時に急に旦那が出先から帰ってしまったものだから、慌てて逃げ出しました。しかし、その旦那から以前にもらった紙入れを新吉は枕元に忘れてしまったことに気づき、おかみさんのことなども気になって新吉は翌朝取りに行くことにしました。そんな新吉を出迎えてくれた旦那はいつもと変わらない様子。よその話だと嘯いて自分とおかみさんの昨夜のことを話してみても上の空。そこにおかみさんが出てきて「浮気をするような抜け目のない女だよ。旦那に気づかれる前に隠すよ」とこちらもよその話を装ってフォローした旨を新吉に伝える。安堵した新吉に、「女房を寝取られるような馬鹿は、気づくかねぇ」と旦那が言って終わる。結局、「気づく」というのが、浮気の事実なのか紙入れが置かれていたことなのかは江戸と上方の地域や各流派によって変わってきたりもしますが、聞く人のいいように取られてもらって大丈夫です。
どちらも、男を手のひらで転がす女の噺です。喧嘩した時はこの話を聞いてみてください。「女にはかなわないんだ」と男子大学生のみなさんは認識して自分から謝るのがいいかもしれません。女子大生のみなさんには「もうちょっとうまくできるんじゃないの、先輩方はうまくやっていたよ」という大人なアドバイスになるかなと思っています。
モラルを守れば、いつでもどこでも楽しめる落語
「買い物は別の日にした方がいいですね。他のお客様の邪魔になったりするので、なるべく物は少ない方が煩わしくないかと。あと空腹で行かない方がいいでしょう。落語ですから蕎麦でも食べてから行くと粋かもしれません」と、落語デートをする際の注意点も立川さんに教えていただきました。
寄席は365日いろいろなところで開催されています。大学生ぐらいの年代であれば渋谷でやっている「渋谷らくご」は、若い演者も多く、Twitterなどで情報発信をしているので親しみやすいのではと立川さんはおっしゃいます。大学生のみなさん、勉強なしでも気軽に楽しめる落語デートで好きな人と笑顔の溢れる時間を過ごしてみてはいかかでしょうか。
(取材・執筆:田中一成、編集:ネイビープロジェクト)
立川こしら
1996年に立川志らくに弟子入り。2012年に真打昇進。女性ファッション誌「ViVi」モデル、日中韓国際共同演劇祭「Beseto演劇祭」演出家部門出場、ニコールキッドマン主演映画「ドッグヴィル」CMコンテストグランプリ受賞など、落語以外の活動も積極的に行う。ラジオ日本で朝の生情報番組「ガッテン!こしらじお」メインパーソナリティーを務める。2017年より海外公演も実施。