証明写真を撮るために、全国各地から年間約5000人もの就活生が訪れる神奈川県川崎市の「写真のたなかや」。撮った写真を利用した学生から書類審査合格の報告が相次いでいることから、「書類通過率90%」として多くのメディアで取り上げられています。
仕上がりの良さはもちろん、撮影の前に行われる「面接」に秘密があるのだとか。撮影を手掛ける代表の鈴木克明さんと妻で専務の寄里枝さんに、証明写真の極意をうかがいました。
長女のテレビ局受験、書類審査通過率100%が合格神話のはじまり
――就職活動中の学生が多く訪れるようになったきっかけを教えてください。
克明さん:テレビ局のアナウンサーを目指していた長女が、書類審査で民放と地方の計4局すべてに合格したことです。アナウンサーをはじめとするマスコミやキャビンアテンダントなどのエアライン業界を志望する学生にとって、昔から写真は重要な要素。娘は結果的に別の職種に就職しましたが、4局すべての書類審査に通ったことが珍しかったようです。
寄里枝さん:噂を聞いたアナウンサー志望の娘の知人もうちで撮影したのですが、なんとその方も書類審査を通過したんです。訪れた学生さんたちが口コミで広めてくださって、新聞や雑誌、テレビなどで取り上げていただくようになりました。
――昨年は約5000人もの就活生が訪れたそうですね。
克明さん:今年のピークは1~3月だったのですが、多いときは1日80人も撮影しました。
寄里枝さん:北海道から沖縄まで、全国各地から訪れてくださって。なかには海外からいらっしゃった方も何人かいました。
印象的だったのは、日本での就職を考えている海外留学中の学生さん。一時帰国する飛行機の機内で、たまたま隣に座った方にうちの写真館を勧めてもらったらしいんです。本当にありがたいことですね。
撮影前の“面接”を通して、意思のある写真を撮る
――撮影をする前に、“面接”を行うとうかがいました。
克明さん:撮影を行う前に、お客さんと会話をさせてもらいます。より良い写真にするためにはどうしたらよいだろうと、専務(寄里枝さん)と考えたんです。まずは来店回数や撮影の目的を尋ねる簡単なアンケートを記入してもらっています。病院でいうところの問診票のようなイメージですね。
寄里枝さん:そして、アンケートを分析させてもらいます。選択肢への丸の付け方や字のバランスなどを見て、赤ペンで修正を入れていくんです。例えば、空欄があると「なんで“特になし”って書かなかったの?」と理由を聞きます。「これが履歴書で私が面接官なら不合格にするよ」とも指摘しますね。
大企業になれば面接官の方は何百、何千もの書類に目を通すのだから、一瞬でも相手に疑問を持たれてしまうのはよくない。どんなに良い人物でも、思いやりのない書類の書き方をしてしまっては意味がありませんから。
――何気なく書いたところから、すでに“面接”が始まっているのですね。お客さんはびっくりしてしまうのでは?
寄里枝さん:ところがみなさん、「学校ではこんなこと教えてもらってなかったので助かりました!」って喜んでくださるんですよ。
克明さん:「受かってもらいたいから、ちょっとキツイこと言うからね!」って前置きはもちろんしますけどね(笑)。
――なるほど。アンケート用紙をきっかけに、徐々に就活生の思いを聞き出していくんですね。
寄里枝さん:就職活動用の証明写真はもちろん、うちで撮影するすべてが“お見合い写真”。相手に見せたくなるような、自分自身も納得のいく写真にしてあげたいんです。
“面接”を行うのは私なのですが、学生さんにはいろんなことの意味を聞き出します。「なぜその企業に入りたいの?」「なぜこの髪型で撮影しようと思ったの?」と。「安定しているから」とか「みんながやっているから」っていう回答だと、すぐにお説教が始まります(笑)。「他人のことじゃなくて、自分はどう思っているのかが一番に答えられないといけないよ」って。
――思いをはっきりと口にした後に撮影すると、やはり表情が違いますか?
克明さん:もちろんです。証明写真で人を惹きつける要素と、個性がいちばん現れるのはなんといっても目。「絶対受かりたい」と思いを込めると、自然と目力が強くなる。頼もしい表情になりますね。
寄里枝さん:撮影前に、全身鏡を見ながら一緒にチェックするんです。目力のほかには、口角も重要。よく「あと10度上げてみよう」ってアドバイスします。職種によっては真顔も撮りますが、やはりにこやかなほうが好印象ですよね。
写真も就職活動も一期一会。縁を自分に引き寄せて
――実際に利用された学生からは、どんな感想がありますか?
克明さん:ありがたいことに、お手紙やメールで就職先が決まった報告をしてくれます。「今まで撮った写真の中で、一番いい表情をしています」とおっしゃっていただいたときは本当にうれしかったですね。
寄里枝さん:撮影後に感極まって泣く方もいるんですよ。「絶対内定取れる様に頑張ります!」って力強く言われながら握手すると、私までつられて涙が出ちゃう(笑)。
――今は自動証明写真機があちこちにありますが、やはり人に撮ってもらったほうが客観的なアドバイスをもらえるのでいいですよね。
寄里枝さん:証明写真は他人に見せるものですからね。安さや速さを重視するなら機械で良いですが、自分一人だけではなかなか身だしなみや表情のチェックはできません。お客さんのなかでも、「最初は証明写真機で撮ったけど、納得がいかないから撮り直しに来ました」という学生さんがかなり多いんですよ。
――就活生を多く撮影されているお二人ですが、今の仕事を選ばれたきっかけは?
克明さん:「写真のたなかや」は1941年に父が創業しました。カメラマンになる決意をしたのは高校2年のとき。当時は他界した父に代わり、母が一人で切り盛りしていました。川崎市内に40軒以上の写真スタジオがあったのですが、うちが一番小規模でした。
懸命に働く母の姿を見ながら、シャッターを切った数だけ努力した結果が伴うこと、定年がなく一生の仕事にできるということを感じ、自分もカメラの道に進みました。
寄里枝さん:私はもともと助産師として働いていました。撮影に携わるようになったのは主人と結婚してからです。人と話すのが大好きだったので、どんな撮影のときでもつい話し込んでしまいます(笑)。
克明さん:ただ撮るだけでなく、少しでも人柄に触れたほうがいい表情になりますね。助産師の経験があるとあって、専務はお客さんをリラックスさせるのが得意なんですよ。撮影のときは本当にいつも助かっています。
――最後に、これから証明写真を撮る就活生にメッセージをいただけますか?
克明さん:写真も就職活動も“一期一会”。一枚として同じ表情で撮ることはできません。縁を引き寄せられるような、力強い意思をもってぜひ撮影に臨んでください。
寄里枝さん:たくさんの学生さんを見てきて思うことは、いろんな企業に入るチャンスは今しかないということ。人生の中で、これほどまでに選択できる機会は数えるほどしかありません。今しかできないからこそ5年先も、10年後も、ずっと働きたいと思うような出会いがありますように!
まとめ
取材中、おふたりから感じられたのは「本当にいい写真を撮ってあげたい」という情熱。これまでに何万人もの撮影を手掛けてこられたからこそ、一つひとつのアドバイスに重みがありました。
どんなに熱意があっても、書類審査を通過しなければ面接にはたどり着けません。思いや決意をありったけ込めた、自分らしい写真に出合ってくださいね!
写真のたなかや
[住所] 神奈川県川崎市高津区溝ノ口4丁目 6-28
[料金]証明写真・写真のみコース(3枚、画像修正付き)2,980円~。ヘアメイクは別途2,000円~、要予約。
[問い合わせ]本店スタジオ☎044-822-3466
取材・構成・文:麻林由(verb)
撮影:高橋里美